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佐藤公彦(ケメ)の画像とプロフィール、独特の音楽観を持つ異色のフォークシンガーの素顔について

佐藤公彦(ケメ)の画像とプロフィール、独特の音楽観を持つ異色のフォークシンガーの素顔について書いてみました。佐藤公彦(ケメ)さんは吉田拓郎さんや泉谷しげるさんなどが活躍した1970年空前のフォークソングブームが日本に到来していた時代に、彼らとはまた違う独特の音楽観を持ったシンガーソングライターとして活躍していた人です。

 

彼が提供した楽曲は日本的な叙情味あふれる世界観を、童謡や唱歌にも通じるロマンチックで 素朴な旋律に乗せて綴られた、小学生からおばあちゃんまで、全ての人に歌ってほしい曲としてつくられていた。

 

佐藤公彦の画像とプロフィール

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本名:佐藤公彦(さとう きみひこ)

愛称:ケメ

生年月日:1952年1月9日

※死亡:2017年6月24日(65歳)

出身地:東京都大田区

デビュー:1971年、19歳で歌手デビュー

特技:少林寺拳法

 

プロとしてデビューする前の佐藤公彦(ケメ)さんは、音楽事務所には所属せず「ピピ&コット」というフォーク・グループを独自で結成して歌っていました。その後日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作の歌謡音楽のオーディション番組「歌のチャンピオン」に出場、毎週13組が出場し歌を競うのですが、ここで5週連続で勝ち抜き見事優勝を勝ち取ります。この優勝をきっかけに、プロのフォークシンガーとしての道を歩み始めていきます。

 

独特のスタイルと音楽観

佐藤公彦(ケメ)さんのフォークとしてのスタイルは、その当時男性フォークファンから絶大なる支持受けていた吉田拓路さんや泉谷しげるといった人たちとは明らかに違ったフォークの路線とスタイルをとっていました。「フォーク=男っぽさ(一種の骨っぽさ)」が前面に出ていた時代に彼は女性ファンから圧倒的な支持を受けます。デビュー当時の彼への事務所がとったキャラクターイメージでの戦略は、その可愛いルックスゆえに、‘’フォークのアイドル‘’のような路線をとっていました。さらに、当時ほとんどのフォーク・シンガーの楽器が、マーチン、ギブソン、ギルド・・・というようなアメリカン・アコースティック・ギターを使っているのに対し、佐藤(ケメ)さんはフォーク・シンガーなのに、あえてガット・ギター(クラシック・ギター)を弾いていて、この当時は異色の存在に思われていました。ただ彼の作曲する曲の特徴は、和音を構成する音を一音ずつ低い音から(または、高い音から)順番に弾いていくのが似合う曲が多かった為で 、それはガット・ギター(クラシック・ギター)で曲を作っていたからであり、彼の作品にはそのギター(クラシック・ギター)がピッタリとマッチしていたのです。

またファンから見た彼の印象は「良家のお坊ちゃんみたい」だったそうで、大半のフォーク・シンガーは、裾が広がったラッパと言われたジーンズとアコースティック・ギターが定番だったのに対し、佐藤(ケメ)さんは折り目のキチンと整ったスラックスにガット・ギターと、異色の存在でした。にもかかわらず、泉谷しげるさんや加藤和彦さん、吉田拓郎さんと言った、一癖も二癖もある個性的なフォークシンガー仲間達からは、そのまじめで愛されキャラ的性格から大いに可愛がられまた デビュー当時は、吉田拓郎さんがよく面倒を見てあげていたようで「拓郎さんにはとてもお世話になった時期があって、その感謝は今でも忘れません」とある雑誌のインタビューで答えていました。

 

代表的な曲<通りゃんせシリーズ>

佐藤(ケメ)さんの音楽は、単なる可愛いフォーク・アイドルというものではなく、作詞家の門谷憲二(かどや けんじ)さんと一緒に作った「通りゃんせシリーズ」の彼自身が作曲した楽曲は、門谷さんの日本的な叙情味あふれる詞の世界観を、童謡や唱歌にも通じるロマンチックで 素朴な旋律になるよう作曲したシリーズで、このメロディこそが佐藤(ケメ)さんの音楽感を最大限に醸し出しているメロディーのひとつになっていました。

門谷氏が作った詞のあちこちに散りばめられた日本の古き良き時代の言葉や風習、 嫁入り娘、両親を亡くした人の亡き親への情、子供時代の遊戯、悲恋、 人との別れ・・・等々、聴く人々の心の奥底に深から響き渡る切ない展開。この「通りゃんせシリーズ」のから伝わってくるのは、郷愁の情景であったり、 教訓であったりと、童謡に見受けられる一種の寂しさも勿論あるにはありますが、佐藤(ケメ)さんが歌っているせいかその寂しさや暗さが少しも伝わって来ないところが不思議なところであり、佐藤(ケメ)さんの素晴らしいところでもあります。

製作に当たったプロデューサーは「小学生からおばあちゃんまで、全ての人に歌ってほしい歌」といっており、佐藤(ケメ)さん自身もこの「通りゃんせシリーズ」だけは他人には提供せず、自分で歌っていきたい ・・・・と語っていました。

 

 

まとめ

これら佐藤(ケメ)さんの「通りゃんせシリーズ」のこの曲を有名な歌手の誰かがカバーして歌ってくれたなら、きっと古き良き日本の良さが時代を超えて復活するのでは・・・思い、そこにはきっと「何か」が存在してくれそうで人々の心に響き渡るのではないでしょうか。