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中田吉光、男子新体操 を世界へ導くリーダーの情熱と思い、プロフィールについて

中田吉光、男子新体操 を世界へ導くリーダーの情熱と思い、プロフィールについて書いて見ました。中田吉光氏は、もともと同好会でしかなかった青森大学体操部を2001年にゼロから創部、自らが指導を続け今や、全日本新体操選手権大会で2年連続11度目の優勝や全日本学生新体操選手権大会前人未到の14連覇を続けるなど全くの無名だった青森大学新体操部をずっと勝ち続けるチームに育て上げ、男子新体操のゴッドファーザー的存在とも言われる名監督です。

 

技術を磨くだけではなく、常に適切な判断のできる“高い人間力”を身につけることを目標に日々活動している!

 

中田吉光プロフィール

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名前:中田吉光(なかた・よしみつ)

生年月日:1966年(昭和41年)1月生まれ(51歳)

出身地:青森県

最終学歴:国士舘大学体育学部卒業

現職業:青森大学新体操部部長兼監督

 

中田吉光監督本人が、新体操と初めて出会ったのは中学一年生の時だったといいます。それまでは野球が大好きでひたすら野球少年だったそうで、そこから新体操に転向し地道な努力を続けることにより全日本チャンピオンにまでなりました。

しかし昭和50年代半ば、当時は男子新体操への認識など皆無にちかく、レオタードを着てボールやリボンを持って男が踊る!?気持ち悪いにきまってる!?と思われ、自分が新体操をやっていると人に言うのが恥ずかしくて、とても人には言えなっかたそうです。

 

70年の歴史!男子新体操は日本が発祥の地だった!

男子の新体操というジャンル。発祥の地は日本で、70年もの歴史ある競技でありながら現在でもまだまだその知名度は高くありません。

逆に女子の新体操は1984年(昭和59年)のロサンゼルスオリンピックで競技の一種目として新たに採用され華々しくデビュー、メダル獲得の偉業を成し遂げることにより認知度もあがり競技人口は1万人を超えています。

反対に男子の新体操はまだまだ肩身が狭く競技人口は常に1000人前後。

国際試合もなく海外での競技人口はさらに低くなり2009年からは国体の競技からもはずされどんどん衰退していき、このままでは男子新体操という競技そのものがなくなってしまうのではないか?と危機感を抱き、男子新体操を今後世界へと導き新体操を志す学生たちの未来のため中田監督は、2001年青森大学へ職を変え、たった3人の同好会から青森大学男子新体操チームを発足させ改革をはじめていきました。

 

 

学生たちが卒業後も新体操で生活できるために

男子新体操は日本が発祥のスポーツでありながら、国際的な大会は、統一されているルールがまだできていないため行われず、学生たちが卒業後に新体操でプロとして活躍する場も稼ぐ場もありませんでした。せっかく苦しい練習にたえ身に着けた素晴らしい技術をそのまま終わらせてはいけないとの思いから新たな発想から生まれた、新体操とダンスパフォーマンスを組み合わせたプロパフォーマンスグループ「BLUE TOKYO」を2010年に青森大学の卒業生で作り、この舞台が爆発的な人気を呼んだことから青森大学男子新体操部の競技大会の様子もyoutubeで記録的な再生回数を出すなど一気に知れ渡ることになります。

これをきっかけにCMへの出演やヨーロッパのダンスイベントまた2016年リオオリンピック閉会式への出演など世の中の脚光を浴びる事となり着々と男子新体操の存在を国内外にアピールしていきました。

中田監督は自分たちが常に注目を受けるためには、日本一強いチームであり続ける必要があることと、観客の人たちに感動を与えるパフォーマンスを生み出していくことの両方が必要であると考え、全日本学生選手権で負けなしといういまだどのチームも成し遂げていない結果の裏には中田監督独自の発想や並外れた努力と行動力リーダーとしての熱い情熱があるのだと思います。