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加藤一二三(ひふみん)のプロフィールと一瞬で周りが明るくなる伝説の数々!

加藤一二三ひふみんのプロフィールと一瞬で気持ちが明るくなる伝説の数々!について書いてみました。ひふみんの愛称で親しまれ、さらに将棋を知らない人にも知られ、数々の伝説を持つ将棋界のレジェンド加藤一二三九段が、公式戦から現役を引退することになりました。

 

新旧交代!60年以上も活躍してきた将棋界を代表する史上最年長プロ棋士

 

加藤一二三のプロフィール

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名前:加藤一二三(かとうひふみ)

愛称:ひふみん・ ピン(一)さん

生年月日:1940年1月1日( 77歳)

出身地: 福岡県・嘉穂郡(かほぐん)稲築村(いなつきむら)/現在の「嘉麻市(かまし)」

学歴: 

京都府立木津高等学校(きょうとふりつ きづこうとうがっこう)卒業

早稲田大学第二文学部西洋史学専修 中退

プロ入り年月日:1954年8月1日(14歳)

段位 :九段

棋士番号:64

師匠: 剱持松二(けんもち しょうじ)九段(棋士番号73)

(※2016年1月7日 死去)

 

九州の福岡で生まれ育った加藤一二三・九段でしたが、高校の時には既に将棋で東京へ行くことが多く学校も休まなくてはならず当然授業に出れません。その時加藤九段のために一生懸命にノートをとってくれていた同級生の女性がいて「とても嬉しくて助かっていた」とある対談で語っていましたがそれが今の奥様で結婚は20歳の時にしています。

 

加藤一二三・九段の経歴

加藤一二三・九段は1954年8月にプロ入りします。今で言えば中学2年生にあたり、 14歳7ヶ月で「史上初の中学生棋士、最年少記録」となりました。加藤・九段がプロ入りした時、「史上初の中学生棋士、最年少記録」と呼ばれはしましたが、その時はまだまだ世間での反響はさほどではありませんでした。

しかしそれから怒涛の快進撃が始まり18歳でA級8段にまで昇進すると、当時の将棋界始まって以来の「最年少記録!」また「我が国始まって以来の」や「他に例がないほど非常に優れた」という意味で『神武以来(じんむこのかた)の天才』と呼ばれ一気に世の間の話題の中心となります。

 

タイトル獲得は8回

・名人 1期(第40期-1982年)

 

・十段 3期(第07期-1968年度・19期~20期)

 

・王位 1期(第25期-1984年度)

 

・棋王 2期(第02期-1976年度~3期)

 

・王将 1期(第28期-1978年度)

 

・対局数2459(歴代1位)、1320勝(現役1位)、1138敗(歴代1位)

 

常にマイペースの加藤・九段ですが、「なんで、そんなにマイペースなんですか?」

と質問されると、決まって「私は楽しい気持ちでやっている。視野広く人生を生きて

るのでどんな話でも割り込んでいける」と答えてくれます。

 

数々の伝説も話題に

 

その1

伝説的話の数々をあげるときりがない位に話題が尽きない加藤・九段ですが、まずはプロ棋士としての将棋の手ほどきをしてくれた師匠・故、 剱持松二(けんもち しょうじ)九段について。大変お世話になっていた師匠故、剣持九段でしたが当時九段はお金にだらしなく弟子にもお金で迷惑がかかってきていたということで、悩んだあげく当時としては前代未聞の師匠を逆破門して、故、荒巻 三之(あらまき みつゆき)・九段の元へ行き新たに弟子入りをします。

※荒巻 三之(あらまき みつゆき)(1993年10月27日死去)

 

その2

2005年、銀河戦の加藤一二三・九段VS阿部隆・八段の勝負でのこと、桂馬(けうま)を「成らず」と指した直後、「成り」に変更しました。将棋のルールでは相手の陣地(将棋盤の奥から3つ目までのエリア)に入ると、より強力な駒へと進化することができこの時駒を裏返します。これを駒が「成る」と言います。
対局は加藤・九段が勝ちましたがその後視聴者からの猛抗議によって、日本将棋連盟がビデオで確認、将棋に夢中になりすぎて悪気はなかったのでは・・・と擁護する派もいたのですが「待った」の反則として処分。当棋戦来期出場停止処分と反則で罰金が化せられました。

 

その3

動物好きでしられ優しい性格の加藤・九段ですがどこか抜けてるところも・・・。以前から自費で野良猫の去勢や避妊手術をしているのですが、野良猫を餌付けし糞尿の被害を受けたと近所の人に訴えられています。本人は猫の命のため良かれと思ってしたことでとテレビのインタビューに答えていました。

 

 

その他

・対局している時、会場になっていた旅館の滝や水車の音がうるさいといい止めさせた。

・ネクタイが畳に着くほど異常に長い

・勝負どころで「飛車(ひしゃ)」を両手で打ちおろしたら真中から割れた

食べ物編

「何を食べようか?などという余計なことに頭を使わない」として2013年くらいまで対局時の 食事は何年も常に「うな重」。ランチもディナーも「うな重」

・対局中、 十数本のバナナを房からもがずに全部食べあげた。

・対局のおやつに 板チョコ10枚全部食べた。

・カルピスを魔法瓶に2本作ってきて、あっという間に全部飲みあげた。

・2015年(75歳)の対局中では夕食にカキフライ定食とチキンカツ定食をW注文し完食。

などなど数え上げたらキリがないほど沢山の伝説的逸話の持ち主の加藤・九段です。

 

 

まとめ

「藤井4段が勝ちつずけると僕がずっとテレビに出られる」とある番組に出演した時そう言って司会者を笑わせていましたが、62年もの間第一線のプロ棋士として活躍してきた加藤一二三・九段。「私から闘いを取ったら何が残るといえよう。勝負師である限り、命が尽きるまで勝負に明け暮れるのが棋士のさだめだ」とそういっていた加藤・九段の公式戦で見るあの”愛すべきくせ者”としての戦いはもう見ることはできませんが、現場での戦いは藤井4段に任せこれからは別の意味で将棋界、芸能界でもっともっと活躍してくれそうな気がします。

ひとまずお疲れ様でした。